星と土となかまたち

「いろどり山」と「土かほる花草」

6月中旬の三重京都ツアーに出かけたときのこと。13日に三重県菰野市で行われたちそう菰野さんでのおはなし会を終え、翌朝三重を離れたぼくたちは、兵庫県の丹波篠山に向かった。

丹波篠山にあるcolissimo / rizmは、多くのアーティストが集う素晴らしい場所で、ちょうど友人の笑逹さんと音楽家のharuka nakamuraさんが「いろどり山」という滞在制作型の公演を9日間かけてやっているところだったので、これは観なければと思い立ったからだ。

夢に見た大きな神さまの絵を完成させるまで、音楽を奉納演奏として奏でながら創作するという心揺さぶられるイベントの内容は、笑逹さんとそのパートナーでアクセサリー作家の川井有紗さんのインスタグラムで毎日更新されていたのだけれど、あまりにもぞくぞくワクワクが止まらないものだったので、弾丸スケジュールを覚悟で行った。

公演7日目にあたる6月14日は「大祓」をテーマに、笑逹さんが高さ3.6m、幅14mの大きな紙に、一本の大樹を描いたのだけど、圧巻の表現だった。それまでは、haruka nakamuraさんと川井有紗さんの3人編成だったのに、なんだかいろいろなご縁のあるパーカッションのISAOさんも予定より一日早まってこの日から参加することになったのも理由のひとつかもしれない。

(ISAOさんと坊主とお弓さんは三年前に佐久で一緒に暮らしていたことがある)


約2時間の公演は、一人の人間と一本の樹の生涯の記録のようだった。

笑逹さんが樹と向き合い、その声を身体と色彩で表現していく様子を、時にはじっと見つめて音を紡ぎ、時には人と樹が営む風景や、それぞれの生命のエネルギーを響きに変えて世界を創るharuka nakamuraさんと、川井有紗さんの優美な民謡や静謐なポエトリーリーディング、相変わらず自然音のようなISAOさんのパーカッションも相まって、惑星の脈動のように超自然的な音の洪水がrizmを包み込んだのだけれど、そんな中でぼくは予てから考えていたことが間違いのないことだと気づくことができた。


生命の営みには、BGMのように音や唄が絶えず鳴り響いている。認識していない人が多いだけで、虫や植物や動物たちは、その響きを確かに感じ取って生きている。善悪の判断の必要がない響きの世界ではすべての感情が共存し、生命の一生に彩りを加えている。いつか星へ還る時にその音や唄の存在を思い出すかもしれないけれど、もし、生きながらにしてその音に気づくことができたら、人生はどう変化するのだろう。ひょっとして、音楽家ってその世界に気づいた人々のことなのだろうか。今目の前で踊るように身体いっぱいに一本の樹を描く笑逹さんみたいに、全身全霊をもって地球で生きることができるんじゃないか。


そんな風に感じながら考えて、また感じる。覚醒を促すような心地のいい2時間はあっという間に終演を迎えた。即興のドローイングと演奏を終え、肩で息をする表現者たちを優しく見守るようにそびえる大樹は「有難う」と言い、「次はあなたたちの番だ」と言って、客席の方を見て微笑み佇んでいた。


「いろどり山」には、未来の地球を見たと言っても過言ではない。少し前の世界であれば、この表現はあくまで芸術の世界の中だけで扱われていたのかもしれないけれど、未来の普遍的な世界、人間社会の新たなる在り方の標準が「いろどり山」になる。もうじき、とはいえ100年かかるかもしれないけれど、その日が訪れるまではそう遠くない気がした。

「いろどり山」の2日後、京都milletさんでのおはなし会の後に、ぼくたちは岐阜県美濃市へ向かった。信州佐久への帰りしなに、エムエムブックスみので行われている野原の作品展「土かほる花草」を見に行くことを、旅の始まりの頃から決めていたからだ。

「いろどり山」では、笑逹さんを取り囲む表現者の面々が世界を創っていたけれど、「土かほる花草」では、野原のさとうけんじくん、のはらちゃんを取り囲むエムエムブックスという家族全員が、透き通るような純度で会期を支えていた。

さとうけんじくんは日々店内で即興制作に取り組み、訪れる人のための作品づくりに勤しんでいたようだけれど、それは特別なことでもなんでもなく、彼の日常の舞台が佐久から美濃に移っただけで彼はいつもそんな感じだ、とぼくは思っている。のはらちゃんは、そんなけんじくんの様子をしっかりと横目に、訪れる人々に潤いを与える大切な看板娘としてあちこちを巡っていた。この感じも、のはらちゃんらしく、いつもどおりの様子だ。


けんじくんは自己表現が、他者を愛することとイコールでつながったような人で、そこに野原作品の真の輝きがあるように、個人的には感じている。野原の作品を手にとって、持ち帰って、そこに込められた愛おしさと優しさに気づかれた方は多いと思う。肌身で触れて感じられるだろうけれど、エネルギーの軽やかさも魅力のひとつだろう。

ちなみに、ぼくの左腕に巻かれた野原のミサンガはもともと美しい藍色をしていて、苧麻が編み込まれた素敵なものだったのだけれど、身につけてから一度も外していないせいか、青みがかった麻紐のようになっていて、もはや野原の作品とは思えない。ただ、驚くほどに肌になじんでいるので、煩わしさを感じたことは一度もないし、むしろ身体の一部なんじゃないかと錯覚を起こすくらいなので、野原作品の良さが遺憾なく発揮された状態だ、ということでどちらかというと胸を張って身につけている。しかし、たまに異臭を放つ。(すいません)


ほんとうに、近所に素晴らしい人たちが引っ越してきたものだとつくづく思う。もう1組(今は佐久を離れたが厳密にいえば2組)、信州佐久へ引っ越してきた愉快な仲間たちのことはまた別の機会にお話したい。これからも少しずつ心豊かな仲間たちが増えていく気がする、


美しく澄み切った波紋がひとつまたひとつと世界へ拡がっている現在で、「ぼくがしたいことは何か」を絶えず自分自身に問いただすような日々を送っていると、距離が離れていようと身近に感じることができる素晴らしい仲間たちが、今同じ世界を生きてくれているおかげで、「ぼくはこれがしたい!」を簡単に見つけ出すことができる。

「いろどり山」と「土かほる花草」、そこに関わる人々のおかげで、改めて自分以外の他者に対する心からの感謝とありったけの愛、そしてはち切れんばかりの敬意を感じることができた。そんな自分にもまた、感謝と愛を敬意を送りたい。



星の坊主さま
こじょうゆうや